ナルキッソスは、不治の病に侵された若者が死に至るまでどのように過ごすのか、という死生観を描いたノベルゲームです。
名作と名高い PC ゲームで、かつては有志によって海外向けに翻訳されておりましたが、現在では Steam で英語版が無料配信されているので私もプレイしてみました。
目 次
英語版 Narcissu (ナルキッソス) 1st & 2nd
概要
死と向き合う人々の心を描く
英語タイトル | Narcissu 1st & 2nd |
ジャンル | ノベルゲーム |
私のプレイ時間 | 約8時間 (1st: 約3時間、2nd: 約5時間 ) |
機種 | PC (Steam) |
Narcissu 1st: 死を目前に控えた彼らの最後の旅
2005 年の 1 月。回復の見込み無しと医者から宣告された 21 歳の青年は、「7F」と呼ばれるホスピスに入れられ、そこで Setsumi と出会う。生気の無い顔に素っ気ない返事。彼女はすべてを諦めていた。しかしいよいよ死期が近づいてきたある日、彼女は 7F で死ぬのも家で死ぬのも嫌だと言う。そんな彼女を見ていた青年は、父親が忘れていった自動車のキーを持ち出し、Setsumi と 2 人で目的も何もない、最後の旅に出たのだった――。
Narcissu 1st & 2nd は無料でプレイできるノベルゲーム。基本的に立ち絵は存在せず、背景絵とテキスト、BGM で構成されている物静かな作品。ちなみにタイトルの Narcissu はスイセンの学名 (narcissus) が由来。最後の s が外されているのは、自殺 (suicide) の s を取り除くという意味が込められているとのこと。
Narcissu 2nd: 死ぬまでにしたい、10のこと
1999 年の夏。Setsumi が病気を患ってから 3 年。まだ 7F へ移っていないが、病院と自宅を行き来する生活に疲れていた彼女はある日、年上の女性 Himeko と病院で出会う。明るく冗談が多い Himeko と友人になるが、実は彼女は 7F の住人だったのだ。そして彼女は Setsumi に、「死ぬまでにしたい 10 のこと」に付き合って欲しいと頼む――。
英語でプレイするには
Steam 版は英語字幕でプレイ可能。タイトルで [START] を選ぶとまず 1st と 2nd どちらをプレイするか選択肢が出て、次に言語 (英語か日本語) を選ぶメニューが出てくる。
1st の英語は翻訳者 Agilis 版か gp32 版を選べる。2nd は Agilis 版のみ。ネットで調べてみると以下の差異があるらしい。私は 1st は gp32、2nd は Agilis を選んでプレイしてみたが、日本人の英語学習者的には Agilis 版の方が読みやすいかもしれないとは思った。
Agilis | 原文に忠実な翻訳。1st と 2nd どちらでも選べる。 |
gp32 | 意訳があるが、英語としての言い回しはより自然に。選べるのは 1st のみ。 |
無料版と有料版の違い
無料版: Narcissu 1st & 2nd
ナルキッソスは 2005 年以降発売されているノベルゲームシリーズ。もともと有志によって海外向けに翻訳が行われていたが、ゲーム翻訳を手掛ける Sekai Project によって英語に翻訳され、シリーズのうち初期の 2 作が無料で公開されている。
Narcissu 1st | 2005 年に公開されたノベルゲーム「nurcissu」 |
Narcissu 2nd | 2007 年に公開された続編「nurcissu SIDE 2nd」。1st の 6 年前の話 |
有料版: Narcissu 10th Anniversary Anthology Project
ナルキッソス 10 周年を記念して、Sekai Project によって追加シナリオの翻訳などが行われた作品。無料版の内容に加えて、2nd で登場した Himeko のエピローグが追加されている。
また、10th Anniversary 版を購入していれば、有料の DLC として 3 種類のシナリオを購入することができる。DLC 3 つと Soundtrack がセットになった Season Pass もあるので、間違えて重複購入しないように注意。
Narcissu 1st | 無料版の Narcissu 1st と同じ内容 |
Narcissu 2nd | 無料版の Narcissu 2nd と同じ内容 |
Himeko's Epilogue | 2009 年に発売された「narcissu 3rd」に含まれる、2nd の登場人物のシナリオ「姫子エピローグ」 |
[DLC] A Little Iris | 2009 年に発売された「narcissu 3rd」に含まれる、1st や 2nd のシナリオライター片岡ともが担当した外伝シナリオ「小さなイリス」 |
[DLC] Zero | 2010 年に PSP で発売された「ナルキッソス 〜もしも明日があるなら〜」に含まれる、2nd よりも 20 年以上昔のシナリオ「最終章 DOUGHNUT」 |
[DLC] Sumire | 2015 年に発売された「ナルキッソス-スミレ-」 |
英語の題材として
語彙レベルは高くない
Narcissu 1st (gp32)
難単語や慣用句が少なく、ノベルゲームとしては語彙レベルが低い方だと感じた。ただ、会話が少なめで地の文が多く、比喩的な言い回しが多かったので、英文の内容理解は少し骨が折れるかも。全 8 章でプレイ時間も約 3 時間と短いのでとりあえずチャレンジしてみるのは良いと思う。内容は少し重いので取っ付きにくいが……。
Narcissu 2nd (Agilis)
全 19 章で、プレイ時間は約5時間。1st より会話量が増えているので分かりやすい文章が増えており、難単語や慣用句も少なく語彙レベルも低い。さらに単語選びや文構造は原文を意識しているためか、日本人の英語学習者としては 1st の gp32 版翻訳よりも文章が読みやすく感じた。Onee-san (お姉さん) とか Higurashi など、所々日本語読みを採用している語句もあり読んでいて面白い。もしかしたら 1st も Agilis 版の方が読みやすかったのかもしれない。
ちなみに Onee-san や Senpai などの呼称は、日本のアニメ・マンガの英語翻訳物ではよく見かけるので、海外の方でも日本の作品が好きな人には意味が通じたりする。翻訳者もその認識があったのだろうと思う。それでも、セミの鳴き声「ミーンミーン」を “Meen Meen” と訳しているのは初めてみたが (笑。面白い。
遭遇した表現を一部紹介
Narcissu 1st (gp32)
There / Here is a something for you
(これこそ something だ)
免許を取得できたので試し乗りのために自動車を貸してくれと両親に依頼したがあっさり断られた時、主人公がいかにも自分の親らしい態度だと思った場面。
“Here is a something for you” を「これをあなたにあげます」という意味で使うこともあるので、どういう意味で使われているかは文脈で判断する必要がある。
toot one's own horn
(自慢する)
自動車に関する知識が深い Setsumi に対して、自慢しても良いレベルだと主人公が発言した場面。
“toot” はラッパを吹くという意味があり、horn は楽器のホルン (笛) の事。本来は「ラッパを吹く」という意味の表現だが、比喩表現で「(ラッパを吹くように) 自慢をする」 という意味にもなる。
get the hang of something
(コツを掴む)
自動車の運転方法を学んでいた Setsumi に対して、コツを掴んだなと主人公が発言した場面。
この場合の “hang” は「コツ、正しいやり方」という意味で使われている。
Narcissu 2nd (Agilis)
全体的な感想 (若干のネタバレあり)
Narcissu 1st
病気が治る見込みがなく、病院と自宅を行き来し、ただ死を待つしかない患者達。末期患者が入院する病院の 7F はノイズがなく小綺麗で、生活感を感じさせない。長期滞在者はおらず、一人また一人と減っていったのだろうかと予想させる部分が悲しく、整った室内からは逆に荒涼した雰囲気を感じてしまった。
この 7F の住人となった主人公と Setsumi は勝手に親の自動車を借りて病院から抜け出し何日も行方をくらますわけだが、どちらかというと彼らの親族や病院側の立場で考えてしまい、なんて迷惑な人達だろうかと憤りを感じてしまう部分はあった。しかし彼らの行動は死期を悟ったが故の無鉄砲さであり、最後の我儘だと考えると責めるに責められず……。彼らとしてもどうしようにもない状況で、拭いようのないフラストレーションを患者もその家族も抱えているのだろうと思うと、何とも言えない複雑な気持ちになる。それでも、止まってしまっていた時間を、ほんの少しでも進めることが出来た主人公と Setsumi の行動を見届けることができたのは良かった。
物語の結末は意外でプレイ後には虚無感を感じてしまったものの、すんなりと受け入れることはできた。決して楽しい物語ではなかったが、プレイをして良かったと思える内容で満足はしている。
Narcissu 2nd
2nd は色々な意味で 1st と対比的な内容となっていたように思う。特に以下の点を描写されたことで、Himeko は 1st の Setsumi と同じ 7F の患者であっても、性格も境遇も異なる別の女性であるという事を強く感じた。
- 登場人物が増え、人との繋がり・会話が増えている
- 話の中心となる Himeko が元気だったころから 7F に移るまでの過程がある
- 死期を悟りつつも、(表面上は) 元気で活動的な Himeko
- Himeko がヘルパーとして 7F で働いていた時の視点があり、残される者としての姿が描かれる
突然の体調不良、予想より長引く入院、お見舞いに来る人の減少、周囲の友人の態度の変化、慣れてしまう病院生活、7F へ移る可能性、そしてなにより自らの状況を受け入れられない本人。ナルキッソスは最初から結末が分かっているだけに最後に至までの過程の描写自体が物語として意味があるのだが、2nd は元気だったころからの変遷にも焦点を当てているため 1st とはまた異なった寂寥感があった。特に少ないながらも Himeko の妹 Chihiro や親友の Yuka 側の遣り切れなさや描かれていたのは良かった。
もう一つ良かったのは、ただ Setsumi が出てきただけではなく、1st 時点でなぜ彼女は自動車や地図に詳しくなっていたのかという理由が描かれたこと。Setsumi が Himeko と過ごした時間は決して長くはないけれど、その時間は間違いなく 1st の Setsumi に繋がっており、死しても尚残せる物はあるということなのかな……。
結末の衝撃度は 1st の方が強かったが、2nd の Himeko は 1st の Setsumi とは違った考え・行動をした人間だったのだなと、一つの物語として感動できた内容だった。
Epilogue
1st と 2nd を読み終えると、タイトルから [Epilogue] が選べるようになる。約 5 分ほどの短いエピローグだが、1st の後日談で、主人公のその後が少しだけ語られる。当然ながら主人公は自分の両親から叱られたようだが、Setsumi の親は彼女の笑顔の写真も見たのだろうか、主人公にお礼を言ったたようだ。2nd で Setsumi の両親の描写があったこともあり、長年病気に苦しむ彼女と過ごしてきたが故に出た言葉なのかなと考えてしまう……。
やはり 1st のその後は気になっていたし、時系列的にも 2nd → 1st なので、最後は 1st の主人公の視点で物語が締まったのは感情的にもしっくり来て満足できたゲームであった。
元が 2005 年と 2007 年のゲームなので UI など古臭い部分を感じるし内容が重いので気軽にプレイできるものではないが、無料で遊べるし英語はノベルゲームの中でもかなり簡易な方でプレイ時間も長くないので、英語の多読の題材としてプレイしてみても良いと思う。他のオススメ作品については「英語ノベルゲーム19選」を参考に。